取り壊しが決まった三陸キャンパス1号館
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会員情報・近状


リトル越喜来の活動  阿高麦穂・山本浩司 (32期)

2011年3月11日に起きた東日本大地震から三年が過ぎようとしています。
私たちの母校北里大学水産学部(現在、海洋生命科学部)があった岩手県大船渡市三陸町越喜来地区、漁村コミュニティのなりわいの中で生活し、 素晴らしい海洋環境、海洋生命、漁業、地域社会を肌で感じた最高の学生時代でした。
漁師さんからの新鮮な魚の差し入れは他では味わえない美味しさでした。
今でもあの味は忘れられません。
そんな第二のふるさとでもある三陸町が震災により大きな被害を受けました。
お世話になった地域の為に「何かできないか?」という思いで、潜水部で培ったスキルを使い海底清掃を中心に活動しています。
震災発生直後から活動を開始した阿高麦穂、山本浩司を発起人として、2011年9月に「リトル越喜来」を設立しました。
学生時代の恩返しの気持ちを原動力として、三陸町越喜来崎浜漁港の海底清掃活動を中心に約1回/2ヶ月のペースで活動しています。
現在、皆様のご支援のおかげで、海はきれいになりつつあります。しかし、まだまだ多くの瓦礫が海底に沈んでいます。
この活動では多くの北里大学OB•OGからの資金支援があり、2013年では海底清掃7回、OB•OG、三陸を知らない現役学生など延べ 101人の有志ボランティアが活動してきました。
私たち「リトル越喜来」は今後も第二のふるさとにすこしでも「笑顔」を作れればと大好きな三陸の海と人々との関係を継続し、活動を続けて行き ます。
今後とも会員の皆様のご協力方、どうぞよろしくお願い申し上げます。
最後に、活動を続ける中でお寄せ下さったご厚志並びに励ましのお言葉に、心より感謝申し上げます。
リトル越喜来代表 阿高麦穂(32期生)山本浩司(32期生)

【ゆうちょ銀行からの振込みの場合】
ゆうちょ銀行
総合口座
口座番号10510-71777911
口座名 リトル越喜来

【他の金融機関からの振込みの場合】
銀行名 ゆうちょ銀行
金融機関コード 9900
店名  〇五八 店(ゼロゴハチ店)
店番 058
預金種目 普通 (または貯蓄)
口座番号 7177791
口座名   リトルオキライ


 

(写真※クリック時拡大)

越喜来チルドレンの集い公式ブログ
http://blog.livedoor.jp/sanrikudaisuki-sagamihara_meeting/archives/35308553.html


「越喜来や」  佐藤 瑠美

今年の5月から、埼玉県志木市にある「越喜来や」で働き始めました。
北里大学水産学部卒業後、某企業に就職しましたが、2011年3月11日の東日本大震災を機に自分自身を見つめ直すようになりました。
大学生活の3年間を過ごした岩手県の越喜来では、自然豊かな環境の中で、沢山の事を学び、成長させてもらいました。
そして、両親が宮城県出身で、私自身の出生地でもあり、東北は所縁のある大切な場所です。
震災一ヶ月後に、やっとのこと訪れる事が出来た故郷宮城は、見るも無惨な状況で、言葉が出ませんでした。

大切な東北の地に、自分には何ができるのか何をしていきたいのかと考え始めましたが、東北に携われる仕事といっても、そう簡単に見つかる訳で もなく、時間だけが過ぎていきました。
そんな中、2013年3月9日に北里大学水産学部卒業生による「越喜来チルドレンの集い」が越喜来やで開催され、私も参加する事となりまし た。
そこで、越喜来やのオーナー、松井邦子さんと出会いました。

「越喜来や」の出来たきっかけ…
それは、水産学部生の中でただ一人、津波の犠牲となってしまった瀬尾佳苗さんの存在があったからでした。
松井さんは佳苗さんのお母様の友人です。
佳苗さんが大好きだった三陸町越喜来といつまでも繋がっていたいという、ご両親の思いを聞き、お店を開く決意をされたそうです。
お話を伺い、とても他人事とは思えず、何かお手伝い出来ないかと思っていたところ、松井さんから、一緒に働いてみないかというお誘いを頂き、 現在に至っております。
『越喜来や』には、地元の方はもちろん、東北の方、ボランティアをされている方、北里大学の卒業生、関係者の皆様に沢山のご来店頂きました。
お蔭様で今年7月に開店一周年を迎えることができました。この場をお借りし御礼申し上げます。
これからも越喜来の食材を美味しく楽しんでいただき、それと共に、越喜来を始め、東北の良さ、素晴らしさを多くの方々にお伝えできるように頑 張って行きます。
ぜひ、懐かしい越喜来を味わいに、足をお運び下さい。お待ちしております。

※写真をクリックすると大きな写真でご覧いただけます

「浜の台所 越喜来や」 埼玉県志木市本町5-14-21
http://okiraiya.com/
TEL 048-423-6567


相模原キャンパス 及川 善裕 (14期)

私は水産学部出身で、三陸町出身、さらには現在、海洋生命科学部事務室に勤務という三拍子そろった(何がじゃ) 超レア者です。
東日本大震災に際しましては、皆様から多くのご厚情を賜り、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。
私からは、震災以降、相模原キャンパスに拠点を移してから今に至るまでの学部事務室の状況を中心にお伝えしたいと思います。

移転から1年半は教員と大学院・4年次生はクレセント棟(旧学生食堂)に居を構え、事務室はL2号館(前L3号館)の学生自習室を間借りしな がら、教職員一丸となって、相模原での教育・研究体制の構築に取り組みました。
学生諸君も多くの不便を強いられましたが、不満を漏らすことなく、置かれた状況を前向きに受け止めて乗り切ってくれました。
三陸では事務職員19名が在籍していましたが、震災後11名が退職を余儀なくされ、人事異動や派遣職員の採用で補充したものの、業務精通者の 退職の影響は大きく、どの部署も業務を手探りでおさらいしながら進めるのですが、肝心の書類を三陸に残したままであったり等、正に非効率の極 みでした。
平日休日の区別なく、業務を終えるのは23時過ぎという毎日が続きました。そんな状態であったため、派遣職員も入れ替わりが激しい状況でし た。

学部新棟(MB号館)建設は、当時の理事長の「学生に迷惑はかけられない」との大英断で決定し、平成24年7月末日竣工、9月利用開始に向け 驚異的なスピードで作業が進められました。
8月中に研究用機器、実験台、什器・備品等の調達を完了しなければならず、既存品を三陸と相模原の両キャンパスから搬送し、新規購入分と合わ せて三方向からの搬入そして据え付けは大変な作業でした。
新棟に移ってから1年が経ちました。手探りだった業務も徐々に確立されつつあります。我が事務室は他学部の職員皆が羨み僻むほど、写真のよう に広くてきれいです。どうぞ皆さんお訪ねください。

最後に皆さんにお願いがあります。お勤め先で採用情報がございましたら、かわいい後輩のために是非ともご連絡いただきたくよろしくお願いいた します。


※会員の及川さん(3列目中央)

連絡先:海洋生命科学部学生課
TEL042-778-7918 FAX042-778-5010
E-mail f-gakuse@kitasato-u.ac.jp


名曲・珈琲 新宿らんぶる 重光 康宏 (25期) 

私は家族で「新宿らんぶる」という喫茶店を経営している。
1950年にクラシックレコードを聴かせる名曲喫茶と して開店後、時代の変化とともに、現在は普通の喫茶店として営業している(昔は私語厳禁であった)。私が店に出るようになってから10年近くが経ち、近頃ではお店を飛び出 しての商店街活動なども参加している。

私の仕事での楽しみは大きく二つある。
ひとつはお客さんとの交流である。店には幅広い世代のお客さんが来店する。レトロな雰囲気に心ときめかせる乙女、時を忘れ夢語る若い芸術家た ち、この喫茶店で学生の頃出会い結婚したという老夫婦、様々である。良い時間を過ごしてくれたお客さんからの「ありがとう」は素晴らしい、労 働意欲の源泉だろう。雑踏から抜け出し、しばし優しい時間を過ごす、そんな空間を提供できればと常々思う。
もうひとつは、学生含め若いスタッフの成長していく姿を見ることだ。私たちが三陸で過ごしてきたような濃密な学生生活が失われつつある中、ど こで社会のルールや礼儀作法を学ぶのだろうか、そして「自分を知る」こと。それには世代の違う人たちと、仕事を体験してみるのが一番だろう。 アルバイトがその一助になればと思い、全力でぶつかっている。

私が学生の時、川内教授はご自身の仕事について、研究者としてだけでなく教育者としての役割が楽しい、指導した学生が水産や生物学の研究に限 らず様々な分野で活躍していく姿を見ることが喜びだとおっしゃっていた。最近その意味が多少なりわかってきたように思う。入店した時には挨拶 もろくに出来なかったようなスタッフが、社会に巣立っていく時の頼もしさたるや、誇らしく嬉しいものだ。互いに成長し、人生を応援することが できる仲間と出会える職場でありたいと、誠実をモットーに取り組んでいる。

大都会新宿に今も残る古い喫茶店「街の文化は喫茶店から生まれる~新宿らんぶる~」、語り合うもよし、ゆったり過ごすもよし、近くにお越しの 際は是非お立ち寄りをお願いしたい。高橋先生、奥村先生の著書「ナマコ学」もご用意して、同窓生の皆様をお待ち申し上げる。
最後に、私たちを育ててくれた故郷である三陸、東北の地に感謝するとともに、これからも皆で訪ね、素晴らしい思いをたくさん生み出したい、そ の決意をここに記す。

(追伸)今年からスクーバダイビングを始めた、目標は大好きな海藻や棘皮・軟体動物などの海中写真をたくさん撮ること。(平成25年7月30 日)
(写真※クリック時拡大)


名曲・珈琲 新宿らんぶる              ※会員の重光さん(中段左)

新宿区新宿3-31-3 電話03-3352-3361
営業時間9時30分~23時


シーホースウェイズ(株)タツノオトシゴハウス 加藤 紳 (19期) 

東日本大震災で被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
海の素晴らしさを教えてくれた三陸の人々や豊かな自然を日々回顧しながら、私は東シナ海に面する鹿児島県南九州市でタツノオトシゴ養殖事業を 営んでいます。

1年生の時、埼玉の実家から小田急線に乗り継ぎ片道2時間の通学をもがくように乗り越え迎えた三陸生活は「我が人生海と共に」と決定付ける魅 力満載の世界でした。あれほど感動できたことは海なし県に育った者ならであったかも知れません。
両親の苦労をよそに自己満足に酔いしれた学生生活を終え、「大学で学んだ基礎を社会で応用実践してください」という今も何気に焼き付いている ありふれた言葉とともに社会へ飛び込みました。

卒業後は海洋コンサルタントの芙蓉海洋開発(株)に入社。ここでは資源としての海洋の現状把握と有効活用の実践が求められました。
しかし実践の世界は厳しく、これといった成果を見いだせることもなく「大学で一体何の基礎を学んできたのだろう…?」と自身の応用力欠如をご まかしながら目の前の仕事を不器用にこなしつつ、気づけば30歳目前でした。
 「三十にして立つ(而立)」といいますが、自分には到底無理だなぁと嘆くだけではおさまらず、会社を退職してニュージーランドで海洋保護の 取り組みなどを学びながら、一念発起でタツノオトシゴ養殖をはじめ今日に至ります。
もしご興味をお持ち頂けましたら添付記事をご一読ください。

タツノオトシゴは漢方生薬や観賞用の目的で東南アジアを中心に野生種が乱獲さ れ、ワシントン条約で保護されています。
 昨今話題のウナギやマグロなどと同様に養殖個体を市場に供給することによって資源保護に資するのは勿論ですが、乱獲されていない日本沿岸で も減少しているようです。これは彼らの生息場所である藻場が消失するといった生態系破壊の 影響と考えられます。
タツノオトシゴを取り巻く環境をのぞくと単純な種の枯渇だけにとどまらず、海 洋における多様な環境問題が抽出されてきます。
私は海なし県民ゆえに海のことを知らずに育ったと自覚してきましたが、近年は安全上、水産王国・鹿児島でも子供が海辺で遊ぶことを禁じられる など、結果として海への関心が低下している事実を知りました。津波の教訓然り、時に海は脅 威となりますが人と切り離せないものです。
海洋や水産業にもっと興味を持ってもらえるように私もさかなクンにならい「タツノオトシゴ型帽子」をかぶりながら子供たちとの海岸体験学習な ども開催しています。また、タツノオトシゴには開運、安産祈願といったご利益もあり、南九 州市の観光町おこしにも一役買ってくれています。

だいぶ遅れた而立となりましたが、振り返れば「海の魅力を知ったこと」が三陸 校舎で学んだ『基礎』であり、「その魅力を伝えること」が『応用実践』なのだ とわかります。これからもタツノオトシゴとともに歩みながら、いつの日か仕 事で三陸と繋がることを夢見ています。

話は変わり2013年3月9日、東京で19~20期生16名が集まり同窓会を開催しました。 今は形を失ってしまった場所や思い出の人たちを心に描いて語り合いました。 母校は大きな変革期を迎えていますが、苦難の歴史を刻みながら海洋生命科学部 が発展していくことを皆で応援していきます。私たちの姿形(特に腹や頭部周辺) も様変わりが進行中ですがまだまだ人生これからです!
鹿児島でも三水会のネットワークが充実しておりますので近隣にお住まいの方、 遊びにお越しの方は「タ ツノオトシゴハウス」を窓口にお気軽にお声掛けくださ い。

 掲載紙は別画面でご覧ください。
 毎 日新聞 (2013.2.8)   日 経新聞(2012.1.4)

   
(写真※クリック時拡大)


小山 泰治 (5期)

私の勤務先は、三宝食品㈱といい。水産加工を生業としています。
私の仕事は、大小スーパーや市場相手の営業がメインですが、ここ数年の輸入原料の高騰や、中国、ベトナムなどにおける加工の増加による廉価製 品の圧力、また国内デフレによる市況の低迷などにより成り立たないような状況が続いた為、それらから脱却すべく自ら新製品の開発をしてまいり ました。
おりしもここ数年のスローフードや地産地消のブームが追い風となり、地元秋田の食材や食文化をとりいれたことが幸いし他社製品との差別化に成 功しました。
なかでも二十数年前、5年続けて行った北朝鮮でのたらこ生産オペレーションの経験を活かして取り組んだ技術が高く評価され、秋田県知事賞、水 産庁長官賞の栄誉にあずかりました。
このタラコを作るきっかけとなったのは、我が秋田県で今年国体が開催されますし、また来年は全国植樹祭が催されることになっていて、皇室の 方々がみえられる機会が重なることもあり、それじゃ金にいとめつけずにタラコ作ってみようかと思ったわけです。
というわけで、
 1、基本は一昨年県知事賞を受賞したハタハタしょっつるで調味した            『しょっつるたらこ』で。
 2、塩は男鹿半島で採水し煮詰めて作った天然海水塩。
 3、つけ込み液に使う水は世界遺産白神山地の自然水。
 4、隠し味は、その昔秋田の殿様が開いた利酒会で数ある中から『秀でてこれよし』
   と言わしめ、賜った称号が『酒王 秀よし』。その秀よしを使う。
 5、また甘味料として、秋田県が開発特許を持つ白神乳酸菌で醗酵させた甘酒を使   用。
ちなみに、白神山地は約8千年前に現在の形になったとされるが、海岸線から急峻に駆け上る地形と過酷な地形からその中心部まではいまだに三つ のマタギ道しかなく、隔離性が強いこと。
また冬は立ち木が縦に裂けるほどの過酷な自然の淘汰の中で生き続けた乳酸菌の生命力。
しかもそこにはかれらが必要とするほ乳類の乳が非常に少ないはずなのに生存し続けたという事実。
ここにこの細菌の特異性がある。この8千年の歳月は数十分で世代交代をする細菌にとっては想像を絶する時間経過らしい。
そんな自然、生命の力を利用した完成したのが、この『しょっつるたらこ』です。
化学調味料、人工甘味料、合成着色料は使用してません。
なお秋田県内につきましては大手スーパーさん等で、又県外の方は弊社まで直接ご連絡ください。北里OB特別価格にて販売させていただきます。

   


北海道留萌支庁南部地区水産技術普及指導所 水鳥純雄 (3期)

私は、現在、北海道北部の日本海に面した留萌市内に事務所がある、北海道留萌支庁南部地区水産技術普及指導所に います。この留萌市は、日本海に沈む黄金色の夕日とニシンの銀鱗で輝いた町として有名です。
北海道の水産業改良普及事業は、全道の沿岸地域に配置された31ケ所の事務所で、125名の普及指導員によって、沿岸漁業の技術指導や漁業の 担い手を育成する活動を行っています。
留萌支庁管内の漁業では、ホタテガイ種苗生産が出荷量・金額共に第一位となっています。ここで生産される種苗の数は年間約9億粒で、主にオ ホーツク海や噴火湾に出荷しており、全道で必要な種苗の約5割を供給しています。
また、宮城県にも出荷しています。私たちの仕事は、ホタテガイ天然採苗における稚貝付着の状況予測や、稚貝育成管理の技術指導、養殖漁場の環 境観測などを行って、安定した種苗生産の維持を図っています。
他には、中国市場で乾ナマコの価格がここ数年で著しく高騰したことが起因して、日本からの輸出量が増加していることから、北海道内の漁獲量も 著しく増大しています。この地域では漁業者の経験則による自主的な漁業管理もありますが、効果的であるかは不明です。
そこで、組織的に資源管理方法を検討し実施するために、漁場や操業の実態と漁獲物の状況変化から資源動向を把握することを始めています。
このほど、我々普及職員で組織している「北海道水産業改良普及職員協議会」で作成した「北海道の漁業図鑑(写真で見る沿岸漁業★最前線)」を 発行しました。これは、現在北海道内で行われている沿岸漁業の実際を写真を使い操業状況なども詳細に説明しています。
Web上ではマ リンネット北海道で公開していますので、是非ご覧になってください。7FA柳沢明美(旧姓 武田)もWebデザインを担当してい ます。
北海道の普及組織には、水産学部の卒業生が私を含めて16名おり、各地域で活躍しています。北海道へ来られる場合には、水産業に係わることは もちろん、観光で来られる場合にも、是非、同窓生にご連絡してみてください、何かの役に立つと思います。
 

   


松下 隆広 (19期)

職場の現況について報告します。
現在、私は小野薬品工業株式会社でMR(医薬情報担当者)という仕事に従事し、病医院を訪問しております。
病医院などで処方される薬(医療用医薬品)は、医師の処方箋が必要で、説明書(製品情報概要)や文献だけで理解を求めることは、何百品目も覚 えなくてはならない医師でも難しいと言われております。
そこで医薬品のもつ効能や効果、対象となる病状などについて情報提供するのが私たちMRであります。MRは医薬品が対象となる病状や有効例、 有害事象などの情報を伝達・収集・交換する事で医療現場に重要な存在と言われています。
担当は医院から中核病院、大学病院と異なりますが、仕事の内容に大きな変わりはありません。「病気と苦痛に対する患者のために」と会社の考え のもと忙しい生活を送っています。
一般的にMR(製薬業界)は薬学部が中心の仕事と思われておりますが、出身学部に関係なく、やり甲斐を感じて仕事をする事が最も重要で、努力 とバイタリティーが仕事の成功と言われています。
現在、当社には先輩、後輩を含め10人近い水産学部出身者がおり、北里大学卒業生は30人以上と一大派閥(?)であります。昨年転勤した東京 第2支店(埼玉県・千葉県)にも3人の大学同窓生がおり、また、同じ埼玉県には同業他社ではありますが水産学部の同級生、丸山将司君もいま す。
三陸とは全く違った環境での生活は、毎日の時間が過ぎるのが早く、ストレス?も溜まりがちですが、そう言うときは決まって大学時代や三陸の話 しでリラックス出来ます。丸山君を含め、大学時代の研究室や部活の友人など、今までで最も濃い生活?を過ごした三陸生活を共有出来た仲間は時 代・職場を超えて頼りになります。
忙しい世の中ですから、みなさまも職場や家庭?でストレスや悩みもあると思います、三陸時代の友人に連絡してみればどうですか?久々に三陸 今は大船渡市)に遊びに行ってみませんか?
新しくなった三水会HPを利用して同級生への連絡など近況を連絡してみては如何ですか?


  


富士養鱒漁業協同組合 森垣大助 (22期)

静岡県にある富士養鱒漁業協同組合の職員として、霊峰富士の麓にある県水産試験場富士養鱒場の施設を御借りし て、卵、稚魚を主に生産しております。
ここ富士養鱒場は昭和8年10月に開設され、以後改修はされましたが、開設当時のままの景観を保ち、自然豊かな所です。
富士山の恵みが豊富に湧き出て、この澄んだ水で虹鱒は育つわけですから、贅沢なもんです。もっともこいつらを食している私たち人間も贅沢なわ けですが(笑)。
最近ではこの富士山の伏流水には“バナジウム”が豊富に含まれているらしく、この水は糖尿病などに効くという事でブームになっているそうで す。
場内には釣り堀もあり、G.Wや夏休みともなると大勢の人々で賑わいます。ここの釣り堀は川を利用しており、本当に自然そのもので、そこが良 いとリピーターが絶えません。放流魚種は虹鱒、アマゴ、イワナなどです。
当場は静岡県の虹鱒種苗生産基地として機能しており、主に各組合員様に発眼卵、稚魚を供給しています。場内に魚病が一切入っておらず、そこが ここの強みでもあるのですが、種苗生産基地としてこれからも機能し続けていく為、来場者、職員と例外は一切なく、車両、履物などを消毒して、 魚病の侵入を防いでいます。
本業の採卵はと言いますと、電照施設を用いて通年行っています。虹鱒の採卵方法は、鮭などと違い、開腹せずにエアーを用いて卵を出し、生き残 らせます。
生き残ったものは再び“親”にするか、適さないものは食す為に“肉”にします。虹鱒は最後まで無駄なく利用出来る魚種なのです。
“肉”と言えば大型魚も生産しています。当場の湧水の水温は年間を通して約10℃なのですが、この水温だと若干成長率がさがります。が、低水 温と言う事も有り、また綺麗な水で匂いも無く、身の締まった大変美味な魚に仕上がります。
 食さないと味が伝わらないのが残念ですが、『ここの鱒を食べたらマグロは食べられない!』と言っていただいたお客さんもいました。
富士山の麓と言う素晴らしい自然環境の下、でこれからもより良い虹鱒を生産していきたいと思っています。また、虹鱒について何かご質問などご ざいましたら富士養鱒漁業協同組合(fuji-trout@mail.wbs.ne.jp、0544-26-4167)までご連絡ください。
 

   


北里大学海洋生命科学部 准教授 奥村 誠一 (5期)

私は子供の頃から生き物が好きでしたので、大学受験の時は生物系の学部・学科への入学を希望しました。
 現役の時は国公立理学部の生物学科を受験しましたが見事に玉砕、一浪を経て北里大学水産学部に入学しました。
 生物学の勉強が大好きな私にとって、生物系の講義・実験・卒論研究で満ち溢れ、そして三陸海岸の様々な生物達と触れ合える本学部はユートピ アそのものでした。
 教員採用試験にも玉砕した私は、大学院へ進学しました。大学院修了後、私の指導教授であった藤野和男先生(現北里大学名誉教授)の紹介でア ワビ養殖関係の会社へ就職して染色体操作(三倍体など)の研究をしていました。
その後本学部に再度お世話になってからも、水産遺伝育種学の講義の傍ら、アワビの染色体操作の研究を続行中で、最近始めた水生無脊椎動物の染 色体テロメアやゲノムサイズに関する研究(詳細は学部HP参照)と併せて大学院生・四年生諸君と共に日々奮闘しております。

   


高坂 友和 (26期)

私は現在、東京大学医学部付属病院泌尿器科というところの研究室でウイルスの研究をしています。
今年で5年目になります。よく職場の人間から、水産出身なのになぜ病院でウイルスの研究をしているの?といわれます。
思い返すと今の職に就くきっかけとなったのは大学四年生のとき卒業研究で海洋分子生物学講座に入ったことでした。
本当のところそれまで私は研究というものにはまったく興味がなく卒業したら都会でスーツをビシッときめたビジネスマンになることに憧れ普通に 就職活動もしていました。
ところが研究室で実験を行っていく日々を過ごすうちに研究の魅力にすっかり虜になってしまいました。
そんな研究に燃えた一年は過ぎ、大学卒業後は内定が採れていた一般の会社に就職し、法人営業の仕事をやっていました。
ところが、五年前に恩師より私が卒業研究で打ち込んだ論文の別刷が送られてきたことがきっかけで、あの頃の情熱が再燃してしまい、思い切って 転職しました。
幸いにも東京大学医科学研究所のウイルス感染分野という研究室に採用されました。
そこはウイルスの遺伝子を解析する研究室で、もちろん私はウイルスについてまったくの素人だったのですが、幸いにも卒業研究で習得した技術を そのまま仕事に生かすことができました。その後、東大医科研から東大病院へ研究室が移転したのに伴って異動し現在に至っています。
仕事は主として研究室内で分子生物学実験を用いてウイルス遺伝子の解析を行っています。
どんな仕事をしていてもそうですが、好きな仕事でもいろいろ大変なこともあり、ときに落ち込むこともありますが、そこは三陸で培った精神で乗 り切っていますよ。




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